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勾当内侍(勾当内侍に関わる史跡・新田義貞の墓) ・写真はクリックすると拡大されます。 |
二尊院総門を北へすすみ、T字路を左へ出て緩やかなカーブを北へ出ると、曲がり角に「贈正一位新田義貞公首塚碑」(写真左)と刻んだ大きな石碑がある。 |
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後に新田義貞の妻となった勾当内侍は、後醍醐帝に仕えた女官であった。和歌の名手としても伝えられている。 秋の夜、勾当内侍は簾を半ば巻きあげて琴を弾く。近衛師団長であった新田義貞がその音に魅了される。そして、のぞき見た勾当内侍の姿にも心を奪われる。 そこで新田義貞は意を決し、人伝いに勾当内侍へ歌を贈る。 しかし、勾当内侍は帝をはばかり歌を手に取ろうともしない。義貞は思い悩む。 後醍醐帝はこの噂を耳にし、義貞と勾当内侍の仲をとりもつ。 |
| 3年も経たず世はまた動乱となる。足利尊氏と新田義貞。ライバル同士である。2人の間の戦いは、足利軍と後醍醐軍との争いとなり、京都は足利軍に制圧され、 義貞は北国に逃がれる。 |
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