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また古墳の外形は住宅が出来たため、わからなくなっていますが、今から30年ほど前は住宅も無かったらしく、その頃は周囲の畑より一段とこのあたりが高くなっていたと言うことです。 それは、石室と後円部を中心とした全長75メートルほどの前方後円墳であり、また、もっと以前は周囲に堀もあったと、地元の人は伝えています。 蛇塚古墳の規模は、飛鳥の石舞台古墳(蘇我馬子の墓)の石室と比べられるほどのもので、京都市内で最も大きいものです。 |
外形がわからなくなっている反面、巨大な岩の積み重ねられている姿は、石組みの研究には都合のよい状況です(写真下)。 土地の人たちの話では、江戸時代には周囲が竹薮になっ
ていて、ヘビがここにたくさんいたので、人が近づけなかっ たということです。またここに女盗賊のおしげという人が住んでいて、三条街道に出没し、盗みを働いていたという話が残つています。
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